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『小村雪岱』星川清司 [小説]

厳密にいえば小説ではないのですが、この評伝めいた本は一人の絵描きの生涯を印象的に描きます。
しかもこの小村雪岱という人間の資料がわずかなため、彼の周囲にいた人物の遺した文章をもとに浮かび上がらせているのです。やむを得ない事情のゆえですが、これがむしろ良い方へ転がっているのです。

小村雪岱とは何者なのか。
たいがいの人はそう思うでしょう。画壇にいた人物ではありませんでした。むしろ舞台美術の分野で名を残したといえるかもしれません。あるいは挿絵画家として。

小村雪岱は明治20年に埼玉県は川越に生まれました。東京美術学校の日本画科で学び、その後、泉鏡花の知遇を得て、本の装丁や新聞小説の挿絵、舞台美術、映画美術考証まで活躍の場を広げた絵描きでした。
鏡花との出会いは決定的なもので、以後ふたりは生涯の連れ合いのような近い関係であったようです。(今、書店にあるちくま文庫版『泉鏡花作品集成』の表紙はすべて小村雪岱のものです。)

私が初めて小村雪岱を知ったのは5、6年前でしょうか。埼玉県立近代美術館のそばに住んでいた頃です。絵葉書の一葉に彼の『青柳』という作品があり、その静謐な雰囲気に一息で飲み込まれてしまい、それ以来のファンなのでした。

しかし彼の画集などはほとんど無く、私の手元にあるのは近代美術館が出しているもの(他の作家と合わさったもの)と、デザインエクスチェンジ株式会社というところが出したArT RANDOMCLASSICSというものしかありません。(先に云った文庫を揃えるほかないのでしょうか)

そして、ふと図書館で目にしたのがこの星川清司氏の書いた『小村雪岱』だったのです。迷わず借りてきました。絶版です。

小村雪岱

小村雪岱

  • 作者: 星川 清司
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 1996/01
  • メディア: 単行本

小村雪岱の周囲の人物、泉鏡花をはじめ久保田万太郎や里見とん(弓へんに享 )などが生きた東京の世相や風俗を感傷的に陥らずにすっきりと描いています。(この星川清司氏は映画の脚本家から作家になった人らしいです。)

鏡花は雪岱の名付け親でもあり、所帯を持たせる世話もしたりするほどの仲でした。神経質で繊細で潔癖性と喧伝される鏡花の良き世話女房役でもあったといいます。
鏡花の潔癖性については、熱燗をぐつぐつ沸騰するまで飲まなかったという話ばかり聞きますが、それも酔いが回るまでの話で、いったん酔ってしまうと生ものも平気で食べたようです。それで翌日になって雪岱が「昨夕は蛸を召し上がりましたね」などと云うと気分が悪くなってあわてて家に帰ったという記述があり、大変微笑ましいと思いました。

雪岱は鏡花の死(昭和14年)の一年後に突然死してしまいます。
新聞小説でコンビを組んでいた邦枝完二は雪岱の死後、小説を書くことが出来なくなるくらいの衝撃を受けたらしいのです。当時の新聞小説においてはそれくらい挿絵の重きが置かれていたということでしょうか。

この世間ではすっかり忘れられてしまった小村雪岱をなんとか蘇らせることはできないでしょうか?
などと考えていたら、なんと来月(平成18年9月)に平凡社から小村雪岱の随筆集『日本橋檜物町』が出版されるそうではないですか!これは1996年に中公文庫で出たものの絶版だったのです。
久しぶりに、う、うれしい・・・。

日本橋檜物町

日本橋檜物町

  • 作者: 小村 雪岱
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2006/09/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

そういうわけで、これを読んで下さったみなさん、小村雪岱をお互いに盛上げて行きましょうね。


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コメント 4

アンジュ

 ライチーチーさん、始めまして、
 私の亡父の義姉(父の腹違いの妹の姉)は雪岱の妻の八重子です。
亡母が安並泰助(邸(小村雪岱の本名)で女中をしていた関係で、雪岱夫婦の仲人で結婚しました。
 子供の頃、私は八重子さんのことを麹町の伯母さんと呼んでいました。
鏡花の奥様も柳橋から出ていた方で八重子さんはその妹芸者だったと父から聞いています。私も子供心にとてもきれいな人だったと記憶しています。
 しばらくPCを開かないでいたら、あちこちに雪岱のことが出ているので驚きました。父が生きていたらどんなにか喜んだことでしょうと思います。
どうも有り難うございます。
by アンジュ (2007-02-16 21:39) 

黒糖そば

アンジュさん、はじめまして。
コメントをありがとうございました。びっくりしてしまいました。
雪岱夫婦の仲人で結婚された御両親だったのですね。雪岱の妻の八重子さんといえば、たしかに美しい方だったとこの本にもありました。
ゆかりの方からコメントを頂けるなんて、このインターネットの時代でも人と人のつながりが連綿と続いているのだな、と(がらにもなく)感じ入ってしまいました。
小村雪岱は、これからもっともっと、あらためて評価される人物だと思います。
この記事も、じつは私が書いた他の記事よりも閲覧される人数があきらかに多いので、びっくりしていたところです。
こちらこそ本当にありがとうございました。
by 黒糖そば (2007-02-17 19:09) 

黒糖そばさん、はじめまして
星川清司『小村雪岱』は、良い本ですね。幸い、僕はこの本が出たばかりの頃、書店で見かけて購入したので、いまだに手元にあります。
『日本橋檜物町』の復刊は、とても嬉しかったです。平凡社ライブラリーには、今後もこのような良い本を出版するよう頑張って欲しいですね。
仰るように、小村雪岱はもっと評価されるべき画家だと思います。
雪岱つながりで、過去記事をTBさせていただきましたので、よろしくお願いいたします。
by (2007-05-04 19:14) 

黒糖そば

lapisさん、はじめまして。TB読ませていただきました。lapisさんの熱意が伝わってまいりました。私のちゃらんぽらんな知識と文章に赤面。今後ともよろしくお願いします。
小村雪岱のファンは意外と多くいますよね。やはり見る人は見ているんだ!と意を強くした次第です。
それにしても星川氏の文章力は相当なものだと思いました。なまじな構成力ではこの本は書けないですからね・・・。下手に書くと安っぽくなるのがオチでしょう、こういうのは。
書かれるべくして書かれた本だと思います。しかしなぜ絶版なのかしらん。
by 黒糖そば (2007-05-05 16:19) 

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