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『東方見聞録』 岡崎京子 [漫画]


東方見聞録―市中恋愛観察学講座

東方見聞録―市中恋愛観察学講座

  • 作者: 岡崎 京子
  • 出版社/メーカー: 小学館クリエイティブ
  • 発売日: 2008/02
  • メディア: 単行本


今年のお正月に凧上げなどをしながら風の強い青空を眺めていて、ふと思い出したのがこの漫画でした。あの遠くまで透き通った青空によく似合うのです。
昨年を振り返って、個人的に最も鮮烈な印象が残った漫画でした。1987年にヤングサンデーに連載された作品。ほぼ20年前のものです。
岡崎京子が漫画を描けなくなってからもう10年以上も経っています。この空白が生じる直前の彼女の漫画は息苦しくて痛くてひりひりする辛さがありました。けれどもその痛さをもって生の実感をリアルさを感じて、それなしでは生きている意味がないというほどに読者に挑戦的に突き付けてくる凄みがありました。あるいは、そういった強迫観念めいた生を生きる少女たちを危ういバランスの上で踊らせていました。本当にあの頃、私は「この次は一体どうするつもりなのか」と思いながらも新刊が出るたびに読まずにはいられませんでした。『ヘルタースケルター』を単行本で読み終わったあとで(すでに彼女は漫画を描ける状態ではありませんでしたが)、私はなにか安堵を感じていました。そこには痛みだけではなくてそこを抜け出すための強さを登場人物が得ていたように思ったからです。それは多分に童話のような架空の物語のような終わり方だったのですが、確実に彼女の漫画が次の段階に進みつつあるのだと思わせる結末でした。嬉しかったのです。しかしその後の漫画はいまだに描かれていません。今の岡崎京子ならどんな漫画を描くでしょうか。
この空白期間に様々な過去の作品が復刊したり単行本初収録されたりして私の渇きを幾らかなぐさめてくれました。しかしその渇きは完全に満たされることがないのです。
ところがこの『東方見聞録』には心底びっくりさせられました。白状すると衝撃をうけました。あの満たされることがない渇きにすうっとしみ込んできたのです。しみ込んで私の裡のどこか分からない場所に確かに効いたのでした。
この漫画は、物語としてはボーイ・ミーツ・ガールもので、二人で東京の各所を巡って歩くというただそれだけのものです。ひねりも息苦しさも痛みもありません。そう、まったくといっていいほどそういったものがスコーンと抜けています。でも確かに岡崎京子はかつてこういう漫画を描いていたのです。軽薄?盛り上がりがない?時代を感じる?あるいは、時代を感じられない?
そんなことはカンケーありません。
ポップな絵とまっすぐな青春。底抜けな明るさ。もしかして、今の岡崎京子が漫画を描いたとしたらこれに近いものになるのでは?とあらぬ空想をしてしまいます。このスコーンと抜けているところが、今の私にズキューンと効くのかもしれません。『へルタースケルター』のラスト、あれは現実世界での嘘や取繕いや苦しみ妬み羨望を含んだ時代の空気に縛られた私たち(もしくは「岡崎京子の漫画」というある種の時代の指標となっていたもの自体)をも虚構によって吹き飛ばす、そんな試みだったように思えてなりません。
現実を吹き飛ばす強さというものは、現実というものの重さや性質を客観視するための一つの手段でもあるわけですが、この『東方見聞録』は彼女の漫画が20年前からずっとこの強さを持ち続けていたということを思い出させてくれました。
そしてやっぱり本を閉じた後に心に浮かぶ印象は、お正月の雲ひとつない、あの遠い青空なのです。
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