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松本剛『甘い水』 [漫画]

甘い水  上

甘い水 上

  • 作者: 松本 剛
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/02/02
  • メディア: 単行本


甘い水  下

甘い水 下

  • 作者: 松本 剛
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/02/02
  • メディア: 単行本


漫画家の松本剛さんの最新長編です。
別冊ヤンマガで連載されていました。(私、毎月かかさず読んでました。)

北海道の道東の一都市を舞台に、一人の少年と少女の出会いを描いた少し哀しい美しい物語です。
冒頭から、久しぶりの実家で見つけた一枚の写真から回想するシーンから始まります。
この物語は男の回想をなぞるような構造となります。それがこの長編のミソであり、結末への伏線ともなるのです。

内容は各自読んでいただくとして・・・。
「回想」ということは、この物語はすでに終わったことを十年後にあらためて思い出している(読者にとっては初めて体験する)記憶ということです。
男にとってはあまり思い出したくない記憶だったのかもしれません。しかし、長い年月が過ぎたあとに一枚の写真から鮮明によみがえった記憶に、男はその少年の時には気づかなかった(気づけなかった)真実を見いだして、心が揺れ動いているはずなのです。そのことに気づいた時に私はけっこうがくぜんとしてしまいました。ここには無数の読み方があったのです。
しかし、男の現在のことやそれからのことは全く描かれません。もどかしいくらいに。巧妙すぎます。物語に描かれない余白が『甘い水』には大きすぎるのです。

少年=男にとっては回想によってわかった真実と、少年だった時の感情とが二重に浮かび上がって来たはずです。とくに最後のシーンに。

それはこの漫画の世界の物語にかぎらず、私たちが生きて行く中で、昔の記憶と向き合う時に必ず直面する事態です。(あ、なんかかたい話になってしまった)

結末は余韻が残ってしまって、物足りないと感じる人もいるかもしれません。私は、物足りないというか、その後が気になって気になって2、3日は彼らの行く末を案じてしまい、日常生活がうまく送れないほどでした。(だから石田敦子さんのコメントが痛いほどわかります。ちなみに私、『アニメがお仕事!』大好きです。)

ところが単行本が出た時にまったく関係ない短編の「二十歳の水母」が巻末に併録されていて、それを続けて読んだ時に、とても癒された気持ちになったのです。(ふだん癒しとかいわないくせに。)
この松本剛さんの全短編のなかでも屈指の名編である「二十歳の水母」は、ヤンマガ創刊20周年記念書き下ろしというふれこみで雑誌に掲載されました(これも雑誌で読んだ)。その時は20周年という歴史をひとりの女性の成長史と重ねあわせたユニークな漫画だと思っただけでした。

しかし、『甘い水』のあとにこの短編を読むと、じつはこれは『甘い水』に対するアンサーストーリーであるという思いにいたったのでした。『甘い水』は個人の記憶の内側の物語でした。
「二十歳の水母」は主人公である二十歳の女性の記憶を外側から描いているのです。
さらにいえば、女性にとってわかっていたつもりの父親を、二十歳になって回想を通して何もわかっていなかったのだ、とはじめて気づく最後のあのシーン。
これは失われた過去を全部失う前に抱きしめることができた感動的な場面です。

『甘い水』は、失われた過去をその手には(たぶん)取り戻すことができない、という喪失感が大きな主題(もちろんその対極には甘い水の美しいシーンがあるのですが)となっていたので、その喪失感が「二十歳の水母」ですくわれたのでした。

と、これらは私の勝手な読み方なので責任はとりませんが、今回、講談社BOXで新装版として出た時も同じ構成だったので、出版する側も似たような意図があるような気がします。

ああ、感想を書いていても心が痛む。なんて切ない漫画を描いてくれたのですか!
また描いて下さい!!

ちなみに私のお気に入りの場面は、水門の見開きです。北海道に有名な水門があった気がします。全然関係ないですが、友部正人さんの歌でその名も『水門』という素晴らしくゆったりした歌があって好きなのですが、それを思い出しました。

ではでは。


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