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『薔薇のイコノロジー』 若桑みどり [美術]


『マニエリスム芸術論』を読んだ数カ月後に若桑みどりさんの訃報に接し驚きました。
あわてて『薔薇のイコノロジー』を読み、あらためて氏の聡明さと洞察の深さに感動したのでした。
私が初めて若桑みどりさんの講義を聴講したのは今からもう12、3年くらい前のことです。だいぶ忘れてしまいましたが、20世紀の芸術を考える、というようなもので、例えば北野武の『ソナチネ』を評して「彼がこのような素晴らしい映画を撮ったのは本当に驚きです」というような話をしたのがとても印象に残っています。たしか三宅一生がプリーツをつくる現場の映像などもそこで見たと思います。
私が初めて尊敬した大学の教授でもあります。舌鋒がとにかく鋭く、90分もあの調子で語られると講義終了後にわけもなく何かやらねば、という高揚感を感じてしまうのです。研究者としてはもちろんのこと、教育者としての使命感は並々ならぬものがそこにはありました。まず自分がとことん知ること、考えること、議論すること。その姿勢を見せること。そして、その成果と課題を学生に教え、伝えること。口調は常に熱かったのです。
絵画の見方なぞまるで会得していない田舎の小坊主だった私が、それを氏によって初めて啓蒙されたのは幸運なことでした。思えば、氏から教わったことはつまるところ人間のこと、人間のなしてきた事や今なされている事を我々は考えなければならないということだったように思います。人間のすることには全て意味があるし、無意味だと思ってやり過ごしているととんでもない目にあう。それは過去の歴史が証明している、と。そんなことを無知で無気力な若者に全力で伝えていたように今になって感じるのです。

薔薇のイコノロジー

薔薇のイコノロジー

  • 作者: 若桑 みどり
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 2003/04
  • メディア: 単行本


さて、氏の代表作に必ずあげられるこの『薔薇のイコノロジー』ですが、基本的には西洋絵画における花の意匠について多面的に考察している論集です。パルミジャニーノ、ボッティチェルリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラッファエルロ、ブロンズィーノ、ヤン・ブリューゲル、スルバラン、カラヴァッジォ、ウィリアム・モリスらが主に取り上げられています。
絵に描かれた薔薇の花はただの飾りではなく、古くから連綿と続いている象徴や歴史的な意味があり、描き手はそれをはっきり意識しながら絵を描いたことが浮き彫りにされます。ここでは氏の博識が遺憾なく発揮されています。しかし話はそれだけに留まりません。その絵の中の花の色や位置や表現のされ方から、先行作品への参照や描かれた当時の時代背景や描き手の思想を次々と読み解いていくのです。その手腕たるや、読者は魔法を目の当たりにしているかのように呆然とするほかありません。
花から庭園の描かれ方に飛んだかと思うと、今度はグロテスク様式の話に行ったり聖堂の天井の話になったり、日本文化やモダンデザインまで言及したり、とてんこ盛りの内容です。
特にグロテスク様式の話は今の自分の興味に近い話がされていて面白かったです。ルネサンスで完成されたグロテスク様式は、現在日本で使用されているエログロのようなイメージとはやや異なるようです。もともとは植物文様の中に人間や獣の姿を混ぜわらせたものをグロテスクといったようです。そしてそれは人間中心主義ではなく、自然と人間とをまったく対等に扱う思想が工芸の中に結実したあかしであると氏は指摘します。バフチーンを引用して「グロテスクにあっては境界線は大胆に犯されている」=既存の体系からの「自由」だという思想こそがそこに隠されていることに焦点を当てますが、「根元はギリシャの宇宙論にあり、具体的にはその四元素論にあったと私は考える」と洞察します。そしてギリシャ神話の変身こそがものの本性であったというのです。この思想が息を吹き返したことこそ16世紀、ルネサンスだったというのです。(さらにシュルレアリスムの系譜まで言及します。)
また白眉の章ともいえる「花と髑髏〜静物画のシンボリズム」を読んでいた時には思わず目頭が熱くなりました。静物画に世界を見、季節を見、聖母を見、生命を見るまなざし。このまなざしを世界は失ってしまったのだ・・・と実感したせいです。
あとがきの中で、パフォーマンスという芸術にからめて「私はきわめて多くの芸術行為が「残らない」ものであることを指摘したかった。美術館に残存しているわずかな作品は、人類の豊穣な創造力の悠久の流れから漂着した漂着物に過ぎない」と語っています。この潔さ。こうした言葉にはそうそう触れられるものではありません。

新版へのあとがきの中で、氏が強い影響下にあったというアビ・ワールブルグの2つの名言を書いていました。
それを引用して終わりにしたいと思います。

「細部に神が住む」

「あらゆるものは関連しあっている」

まさに若桑みどり氏が実践したとおりです。


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