『丹下左膳餘話 百萬両の壷』 山中貞雄 [映画]
十数年ぶりに見たが、いやー可笑しい。小さな笑いが積もり積もる快感。
前半のドタバタ劇もさることながら、後半の起きている状況自体が奇妙きてれつなものと化してしまうシュールな情景がやはり見事。百萬両の壷をめぐって起きる人間模様から、最終的には江戸じゅうに張られる「壷求ム」、壷を抱えた長蛇の列、積まれた無数の壷、という風景を生じさせることになる。
登場する誰もが思惑をことごとく裏切られてしまうが、それが次の展開に結びつき、人々は駆けずり回り、物を散らかし、嫉妬し、家出し、決闘する。「ま、負けてくれ」の身も蓋もないところも素敵。武士道の精神をこけにしている。
登場人物の台詞は想像以上にモダンな印象を受けた。この映画は1935年作だが、現在つくられる時代劇のほうがまだ「らしい」しゃべり方をするだろう。もちろん「らしい」から良いわけではない。人々のとがった台詞とは裏腹のほんわかとした画面が雄弁であり、その繰り返しがユーモラスな雰囲気を作り上げている。観客が「またあのパターンがくるぞ」と思っていると、期待どおりにそのパターンが現れる。そしてそれが嫌な感じではない。
男と女に加えて子供の存在がほどよい緩衝剤である(というか、子供がいるから男女の諍いが起きるといったほうが正しい。『赤ちゃん教育』のベイビーみたいなものか)。
で、壷は見つかる(というか最初から最後まで徹頭徹尾画面に現れているのだ)が、人々の思惑が収束した結果、なんともいい加減でおおらかな結末となる。この結末になぜだか私はほっとする。
最後の幕切れ場面は鮮烈。こんなに爽快なのはなかなかお目にかかれない。物語は落語を下敷きにしているらしいが、最後の投げやりな行為が見事な下げになってしまうような、そんな幕切れ。最後まですっとぼけたところが吉。
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